はじめに (ネットワークの奥深さを探る旅へ)
この記事は、Windows 11をお使いのネットワーク管理者、システム開発者、あるいは単にPCのネットワーク通信の仕組みに興味がある方を対象としています。インターネットや社内ネットワークを利用する上で、データの送受信がどのように最適化されているのか、疑問に感じたことはありませんか?
この記事を読むことで、Windows 11がネットワーク通信の際にデータ量をどのように制御しているか、具体的にはどのTCP輻輳制御アルゴリズムを使用しているのかを深く理解できます。また、現在の設定を確認する方法や、必要に応じて変更する方法まで習得できるようになります。普段意識することのないTCPの奥深い世界を覗き、自身のネットワーク環境をより深く把握するきっかけにしてください。
前提知識
この記事を読み進める上で、以下の知識があるとスムーズです。 * TCP/IPの基本的な概念(データ送受信の仕組み、パケット、シーケンス番号、ACKなど) * ネットワークの「輻輳(Congestion)」とは何か、その影響についての概要 * WindowsのコマンドプロンプトまたはPowerShellの基本的な操作(管理者として実行する方法を含む)
TCP輻輳制御アルゴリズムとは?ネットワークの安定性と高速化の鍵
私たちが普段利用しているインターネットは、膨大な数のデバイスが相互に接続され、常に大量のデータがやり取りされています。もし、すべてのデバイスが際限なくデータを送り続けたとしたら、ネットワークはすぐにパンクし、通信は麻痺してしまうでしょう。この問題を防ぎ、ネットワーク全体の安定性と効率的なデータ転送を維持するために不可欠なのが「TCP輻輳制御(Congestion Control)」です。
TCP輻輳制御アルゴリズムは、ネットワークが混雑している(輻輳している)兆候を検知し、データ送信量を自動的に調整する仕組みです。これにより、パケットロスを最小限に抑え、すべてのユーザーが公平にネットワークリソースを利用できるようにしつつ、最大限のスループットを達成しようとします。
代表的なアルゴリズムには以下のようなものがあります。
- TCP Reno/NewReno: 最も古典的なアルゴリズムの一つで、パケットロスをネットワークの輻輳の兆候とみなし、送信ウィンドウサイズを段階的に減少させます。
- TCP CUBIC: Renoの改良版として、高帯域幅・長遅延(いわゆるBDP:Bandwidth-Delay Productが大きい)ネットワーク環境において、より高いスループットを達成できるように設計されています。現在のLinuxカーネルやWindowsの多くのバージョンでデフォルトとして採用されています。
- TCP BBR (Bottleneck Bandwidth and RTT): Googleが開発した比較的新しいアルゴリズムで、パケットロスではなく、ネットワークのボトルネック帯域幅とラウンドトリップタイム(RTT)を推定することで、輻輳を回避しつつ最適な送信レートを維持しようとします。
Windowsは歴史的にCompound TCP (CTCP) など様々なアルゴリズムを使用してきましたが、現在のWindows 11ではCUBICがデフォルトとして広く採用されています。これは、現代のブロードバンド環境においてCUBICが優れたパフォーマンスを発揮するためです。
Windows 11でTCP輻輳制御アルゴリズムを確認・設定する
ここからは、実際にWindows 11環境で現在使用されているTCP輻輳制御アルゴリズムを確認し、必要に応じて変更する方法を具体的に見ていきましょう。PowerShellを使用しますので、管理者権限で実行してください。
ステップ1: 現在のTCP輻輳制御アルゴリズムを確認する
まず、システムが現在どの輻輳制御アルゴリズムを使用しているかを確認します。PowerShellを管理者として実行し、以下のコマンドを入力してください。
PowershellGet-NetTCPSetting | Select-Object SettingName,CongestionProvider
このコマンドを実行すると、以下のような出力が表示されます。
SettingName CongestionProvider
----------- ------------------
Internet CUBIC
Custom CUBIC
Datacenter CUBIC
Compat NewReno
ここで注目すべきはInternet設定のCongestionProviderです。ほとんどの場合、Windows 11ではCUBICがデフォルトとして表示されるはずです。これは、一般的なインターネット通信にCUBICが適用されていることを意味します。
SettingNameにはInternetの他に、Custom、Datacenter、Compatなどがありますが、これらは特定のネットワークプロファイルや環境に合わせてTCPの設定を調整するためのものです。通常利用するインターネット接続にはInternetプロファイルが適用されます。
ステップ2: 利用可能なTCP輻輳制御アルゴリズムを確認する
次に、お使いのWindows 11システムで利用可能なTCP輻輳制御アルゴリズムの一覧を確認してみましょう。
PowershellGet-NetTCPSetting | Select-Object -ExpandProperty CongestionProvider
このコマンドは、CongestionProviderプロパティが持ちうる全ての値を列挙します。出力例は以下のようになります。
Default
NewReno
CTCP
CUBIC
これにより、システムがサポートしているアルゴリズムが明確になります。Windows Client OSでは通常、NewReno、CTCP (Compound TCP)、CUBICなどが利用可能です。Googleが開発したBBRは、Windows Server 2019以降で限定的にサポートされていますが、Windows 11のようなクライアントOSでは、この一覧に表示されないか、設定しようとしてもサポートされていないことに注意が必要です。
ステップ3: TCP輻輳制御アルゴリズムを変更する(オプション)
もし、特定のネットワーク環境でのパフォーマンス改善やテストのためにアルゴリズムを変更したい場合は、以下のコマンドを使用します。ここでもPowerShellを管理者として実行してください。
例えば、輻輳制御アルゴリズムをCUBICからNewRenoに変更したい場合は、次のように入力します。
PowershellSet-NetTCPSetting -SettingName Internet -CongestionProvider NewReno
変更後、再度ステップ1の確認コマンドを実行して、設定が正しく適用されたことを確認しましょう。
PowershellGet-NetTCPSetting | Select-Object SettingName,CongestionProvider
変更した設定はシステム再起動後も維持されます。元の設定に戻したい場合は、同様にCUBICを指定してコマンドを実行してください。
PowershellSet-NetTCPSetting -SettingName Internet -CongestionProvider CUBIC
変更の際の注意点: デフォルトのCUBICは、ほとんどの現代のネットワーク環境で優れたパフォーマンスを発揮するように設計されています。安易な変更は、かえってネットワークパフォーマンスを低下させる可能性があります。特定の環境下でのトラブルシューティングや、パフォーマンスチューニングの専門知識がある場合にのみ、慎重に実施することをおすすめします。
ハマった点やエラー解決
TCP輻輳制御アルゴリズムの確認や設定を行う際に、いくつか遭遇しやすい問題があります。
- 「アクセスが拒否されました」エラー:
PowerShellコマンドは、システム設定を変更するため、管理者権限が必要です。管理者権限なしで実行しようとすると、
Set-NetTCPSettingだけでなくGet-NetTCPSettingでもアクセス拒否エラーが発生することがあります。 - 指定したアルゴリズム名が正しくない:
Set-NetTCPSettingでCongestionProviderに指定するアルゴリズム名は、システムがサポートしている正確な文字列である必要があります。タイプミスや、存在しないアルゴリズム名を指定するとエラーになります。 - BBRを設定しようとしてうまくいかない: 前述の通り、TCP BBRはWindows Server 2019以降でサポートされていますが、Windows Client OS (Windows 11など) では基本的にサポートされていません。BBRを指定しようとしてもエラーになるか、設定が適用されない場合があります。
解決策
- 管理者権限でPowerShellを実行する: スタートメニューで「PowerShell」と検索し、「Windows PowerShell」または「ターミナル」を右クリックして「管理者として実行」を選択してください。
- 正確なアルゴリズム名を使用する:
Get-NetTCPSetting | Select-Object -ExpandProperty CongestionProviderコマンドで表示される一覧から、正確なアルゴリズム名(例:NewReno,CTCP,CUBIC)をコピー&ペーストして使用することをおすすめします。 - Windows Client OSでのBBRは諦めるか、代替手段を検討する: Windows 11でBBRを使用することは、現在のところ標準機能ではサポートされていません。もしBBRの恩恵を受けたいのであれば、LinuxなどBBRをサポートする他のOSを使用するか、BBRをサポートするVPNサービスやネットワーク機器の利用を検討する必要があります。
まとめ
本記事では、Windows 11におけるTCP輻輳制御アルゴリズムについて、その重要性から確認・設定方法までを詳しく解説しました。
- 要点1: Windows 11のデフォルトのTCP輻輳制御アルゴリズムはCUBICであり、現代の高速・長距離ネットワークにおいて効率的なデータ転送を実現します。
- 要点2: PowerShellの
Get-NetTCPSettingとSet-NetTCPSettingコマンドレットを使用することで、現在の設定を確認し、必要に応じて変更することが可能です(管理者権限が必要)。 - 要点3: 輻輳制御は、ネットワーク全体の公平性、安定性、そして効率的なデータ転送を実現するために不可欠な機能であり、そのアルゴリズムの選択はネットワークパフォーマンスに大きな影響を与えます。
この記事を通して、読者の皆様がWindows環境のネットワークパフォーマンスについてより深く理解し、自身の環境に最適な設定を検討するきっかけとなれば幸いです。安易な設定変更は推奨されませんが、知識としてこれらの仕組みを知ることは、ネットワークトラブルシューティングやパフォーマンスチューニングの際に役立つでしょう。
今後は、特定のアプリケーションやVPN環境下での各アルゴリズムのパフォーマンス比較や、Linuxなど他のOSにおける輻輳制御アルゴリズムについても掘り下げて記事にする予定です。
参考資料
- Microsoft Learn: Set-NetTCPSetting
- Microsoft Learn: TCP Congestion Control in Windows Server 2019
- RFC 8311: CUBIC for Fast and Long-Distance Networks
